「ヒドいカオしてる」
「ええ、きっと」
そうなのでしょう。
最後まで言わずに、アレルヤは自分を見つめる透けた緑の双眸から目を逸らした。
そうしなければならない、というほどの理由はない。しかし、見るほどに悲しみを湛えたその仕草はすべて彼の興味を惹く。そうして引き寄せられた指先は冷たく、白い頬を滑る感覚が恐ろしくて、アレルヤはひくりと身を竦ませた。
なあ、と低い声に誘われるけれど、逃れるように瞼を下ろして、顔を俯ける。抑も初めからアレルヤに与えられていたものなど皆無なのだから、抵抗する術といえばあとは目の前の彼の首を絞め、その命を奪って手中から逃れるほどのことしかない。余裕も、自由も、何一つ彼との関係では許されないというのに。
静かなくちづけを受け入れる。彼は優しくなどない。それでよいと思うけれど、傷口は滑らかな舌先に鋭く抉られて、そのままでいることの難しさを思い知る。それはあまり心地よいものではないな、と。
「なあ、呼べよ」
深いキスの合間に面白そうに言う、救いようのないのはこの男ではなくて自分のほうだ。決して流されているのではないと、強く睨みつけることを敗北とするのならば何もかも受け入れて忘れ去ることがずっと楽だから。そんなふうに諦めて、語る言葉さえないのだと為されるままに熱に浮かされて。数を重ねるごとに、不思議と優しくなっていく指先はもう胸元まで辿りつき、悲鳴をあげたくなるほどに鮮やかな痺れを刻み付ける。
そうしていつも、この男はアレルヤに思い知らせるのだ。緑色の瞳をひらめかせて、この世界には自分を救う者などもういないのだと。苦痛も、快楽も、屈辱も、その全てを示す行為は信頼さえも裏切り突き崩す。他人への、ではなく自分への、自身すら御し難い感慨をどうすればよいのだろう。そういうとき、迷いを断じる存在へと手を伸ばす、のだけれど。彼の前ではそれができない。もしもそうすれば、きっと彼は何故、と興味深さを装った、ぞっとするほど冷たい声色で尋ねるのだろう。
そして、この腕に縋ることのみを考えろと、彼は言う。嘆きながら求めてみせろと、アレルヤを責める。
拒絶する理由を持たないアレルヤには受け入れる術さえ有りはしない。だからこそ戸惑いながら、何一つ是とせず非とせずそこに在る―――、凛として、というには些か頼りないが、それは至高の美しさだ。
ゆえに、変わらないことの価値を求める男は不安ばかりを胸のうちに留めるアレルヤへ、決して救いを与えない。神を呼び、迷いを吐露する行為は美学への背徳だ。擦れ違わない想いは然りと言うにもあまりにかけ離れた場所にあって、見定めたその上で交わることを強いるのはいつだって揺るぎない緑色の双眸。
決して染まらない闇色は深く浅く、いっそこの色彩が自分のものになればよいのに、だなんて。明日になればこの手は血に染まってしまう、だけならば瞬間の愛おしさは憎しみに変わってしまえばいいとさえ。伝えようとしない心を理解しない唇が、まだ誰の名も呼ばないことに安堵するうちには、快楽を貪るほうが後悔しなくて済む。
或いは、彼らをどちらも感情の乏しい者だと言うことは可能だ。
しかし敢えて残酷だと表すべきは、そうして過ごす夜の虚しささえも、彼らにとっては生きるという実感に代えて余りあるのだという事実に他ならないのだ。
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