どこまでもフライング。許容範囲の広い御方は以下よりどうぞ。
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きらきらと光を弾く、金の瞳が見つめてくる。
揺るがぬ想いを内に秘め、優しく微笑むいつもの姿と、容姿そのものは全く変わりないのにその色彩だけでがらりと雰囲気を変えてしまうのは、それだけではなくやはりこれが真に別の人間だから、なのだろう。
深夜という時間も越え、じきに明け方の境が見え始める。ロックオンは、隣りに眠っていた筈のアレルヤが珍しく起きだしたことに、初めから気付いていた。彼がどうするのか、というただそれだけに興味があって放っておいたら、しかしそれはロックオンにとっては重大な間違いで。
「誰だ?」
「今更訊くなよ、アレルヤ・ハプティズムだろ」
「アレルヤは俺を刺したりしねえよ」
「まだ刺してない、てめえが逃げた所為で刺し損ねた」
そう言って笑う顔は、アレルヤのものとは思えないほどに醜く歪んで見えた。こんなのは俺のアレルヤじゃない、とロックオンは只々瞠目する。
彼の手にしているナイフは確かにアレルヤを試すために、ロックオンがそこらに転がしておいたものだったが、その対象は飽く迄も「アレルヤ」なのだ。こいつは誰だ、と考えるが如何せん寝起きの頭では何もかもが絡まりあって解けないまま本題すらどこかへ紛れようとする。手に負えない、と漸く一つ瞬きをすると、その間にアレルヤはロックオンのすぐ傍まで近寄って、白い首筋に鋭い刃先を当てているのだ。
シーツ一枚きりを纏ったその姿で、こうしているのがもしもロックオンのよく知るアレルヤであったなら、きっとその姿は至高に美しく、その行為を受けることを嬉しいとすら思えたろう。殺されてもよいかといえばそうではないけれど、それほどの強い感情の発露とは、即ち己と関わることを許したものにこそ見られるものだからだ。
でもだめだ、こいつはだめだ、というかこいつはまずい、と直感的な思考の後に、待て、と情けない時間稼ぎの言葉を発する。
「なぜ」
「なんで俺が知らない男に寝込みを襲われなきゃならん」
「知らなくはないだろう、アレルヤの名前を知ってる、それで充分だ」
「でも俺はおまえのことなんか知らない」
「しつこいな。俺を知っているのはアレルヤだけでいいんだよ。だからアレルヤは俺のことを知ってるしてめえはアレルヤを知ってる。これで問題ねえだろうが」
「無茶だ」
「ばーか、俺のことを知らないってことはてめえがアレルヤのことを知らないってことだよ、理解しろトリアタマ」
到底無理としか思えないロジックをかざす男は、じり、とナイフを動かして薄い皮膚に傷をつける。
ぴりりと走る痛みに眉を顰めると、また楽しげに唇を歪めて笑う、この表情は誰のものなのだろう?とロックオンには未だ何一つ理解できないまま、時間と状況ばかりが勝手に進んでいく。
「てめえは最初から何も知らなかった、ロックオン・ストラトス。諦めろ」
「嫌だ、アレルヤを返せ」
「なら呼べよ。早くしろ、俺はてめえを殺したいんだ」
優しく響く声だって、そのままなのに。
冷たいナイフは皮膚に浅く食い込んだまま、ぴたりと止まっている。それでも流れ落ちる雫は裸の胸を、腹を伝って床に滴り音を立てる。
アレルヤ、とロックオンが呼ぶ。歪んだ微笑が、穏やかな面差しに変わることを願って―――、数瞬、待っても彼が消えることはない。
アレルヤ、アレルヤ、アレルヤ。呼んでも呼んでも、ナイフは抜けることなく刺さることなく、ずっと殺意を以ってその場所に留まり続ける。
「アレルヤ、アレルヤ―――おまえを愛しているから、アレルヤ」
「笑わせるな」
「本当に……、アレルヤを愛している」
「―――アレルヤを殺したい、の間違いだろう」
言い当てられて、ロックオンは呼吸を止めた。だからこそ、という感情が行き交うことはないのだろうか。この、誰とも知れない男が自分を殺したいのはきっと純粋な殺意ゆえに。ロックオンの愛ゆえの感情は理解され得ないのだと、分かってしまったことはきっと彼にとっての不幸だ。
言葉で核心に触れてから、ぐっと冷たい刃物に力が掛かるのが分かった。
滴るのは、生温い液体、首の急所にしてはずっと緩やかなそれに気付いて、閉じかけた目を開けると、そこにはとても苦しげな表情の、アレルヤがいた。
「だめじゃないか、ハレルヤ……しらないひとをいじめたりしては」
掠れた声で知らない名前を呟いて、ざっくりとてのひらを自らで傷つけながら倒れる。その様を見てロックオンは恐怖した。こんなことならば助けてなど貰わずに見殺しにされたほうがマシだった。自分ではない誰かが彼を傷つけることなど、ロックオンにとっては酷く受け入れ難い。しかもそれが知らない者によって、自分の知らない領域で為されたことだなんて。
(冗談じゃない、ハレルヤだって?)
神を讃える名ならばアレルヤだけで充分だというのに。まるでそれでは、あいつが言ったことをそのまま突きつけるのと同じことではないか。
悪夢と呼ぶにも近すぎる現実は、じきに至る明日という名で彼を苛むばかりだ。しかしなお、視線を移した先のこの美しい人への想いが消えないことこそが絶望に値する事実として何よりも彼の心を蝕んでいった。そう、それこそが彼の意図なのだと気付けないほどに。
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